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仏教入門 |
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釈尊のさとり |
じつは、わたしは、念仏門の寺に長男として生まれたものでございますが、その寺を継ぐこともせず、自分でも決して信心の深い人間とは思っておりません。それが、どうしたことでありましょうか。いつの間にか、どうしても他の学問の道に進む気持ちが起こらず、仏教の研究のいささか専念いたしまして…いつの頃からか、たった一人の人間をじっと見つめるようになりました。ほかでもございません。それはお釈迦さま。釈尊その人なのでございます…人々は釈尊を知っているはずでありながら、じつは案外に本当の釈尊のことは知られていない…仏教を信じている人々が本当の釈尊のことは知らないということは、教祖釈尊にたいして申し訳ないことです。[ 本文 ] 仏教は釈尊の教えです。釈尊を知りましょう。釈尊の説かれた教えを知りましょう。[ カオル ] |
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よくわかるお経の本 |
葬式や法事でろうろうと読まれるお経を拝聴してると(中略)一体このお経はなんと言うお経だったろうかとか、どのような内容のお経だろうかと考えることがよくあります。(中略)本書を開いて頂ければそれぞれの宗派のお経の読み方や内容が分かります。[ 本文 ] うちは真言宗という方 〜 オンアボキャべイロシャノウマカドラマ二ハン 天台宗の方 〜 ガーシャクショゾウショアクゴウカイユーム−シートンジ 臨済宗・曹洞宗の方 〜 ナムカラタンノウトラヤーヤーナムオリヤーボー 浄土宗の方 〜 ガ−ゴンチョ−セ−ガンヒッシーム−ジョウドウシーガンフ 浄土真宗の方 〜 キーミョウム−リョウジューニョウラ−イーホ−ゾーボ 日蓮宗の方 〜 ジーガ−トクブツライショーキョ−ショーコッシュ−ム− 聞いたことはあるが意味は分からないというのが普通ですね。では カンジーザイボーサツギョ−ジンハン二ャハラミ−タ−ジー... ギャ−テ−ギャ−テ−ハ−ラ−ギャ−テ−ボディーソワカー... これ分かる人結構いるでしょう。そう、般若心経です。お葬式などで読まれるお経はいわばエキスですから、その意味が分かれば、とても興味深い内容です。よくぞこういう本を作ってくれました。[ カオル ] |
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ブッダ(1) |
ブッダは悩みつづける。傷つき、そして傷つきつづける。完全無欠な、現人神としては、けっしてブッダは描かれてはいない。人間にとって宗教とは、という大きなテーマである。 【大沢在昌】 後世には「抹香くさい」という形容詞も付けられるようになった仏教の、その起源を描いている作品がこのように、それこそ「エンターテインメント」として興味深く読める。 【筑紫哲也】 「ブッダ」の中には、無数の死と痛みがつまっているのだが、私たちはそれぞれの死や痛みを、まるで自らの死のように、自らの痛みのように感じてしまう。 【糸井重里】 仏教の教えには例え話が多いから劇画になりやすいんでしょうか。経典にもとづいた釈尊の一生が、目に馴染んでいる手塚治虫の世界で開かれます。最後まで見たくなるので買うときはセットで。[ カオル ] 第2巻,第3巻,第4巻,第5巻,第6巻,第7巻,第8巻 文庫版(485円): 第1巻,第2巻,第3巻,第4巻, 第5巻,第6巻,第7巻,第8巻,第9巻,第10巻,第11巻,第12巻 |
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蓮如―聖俗具有の人間像 | 親鸞が自己の「苦悩」を出発点としたのに対して、蓮如は現世に生きてゆく人間の「悲哀」つまり悲しみを原点として出発しました。「悲哀」は限りなく湿っています。情緒的です。濡れてどろどろしていて、そして非合理です。お涙ちょうだい的であり、古い歌謡曲の世界であり、また怨念と怒りに満ちた感情です。それを情念の世界としてみたとき、蓮如の「悲哀」は…見、親鸞が切り開いた知的な近代精神を一挙に後退させるかもしれません。しかし「苦悩」に高い価値があり、「悲哀」には低い感傷しかない、という思想は間違っている。[ 本文 ] |
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寂聴生きる知恵―法句経を読む |
愛は生まれると同時に苦しみを生じます。それはすべて執着によるからです。貪欲、怒り、愚かさの三毒をふり捨てなさい。善い事ばかりをするように心がけなさい。そうすれば、あなたの中から自然に、欲望の心や執着は落ちていくでしょう。 もろもろの善をなし、もろもろの悪をなすなかれ、これが仏教の根本の教えです。悪事が積み重なれば、そのまま、自分の苦しみとなって積み重なるのです。悪いことをしないものは死んでも命が生きつづけ、悪いことをしたものは生きていても命が死んでいます。[ 本文 ] 若い時は奔放な愛情に生き、長いあいだ文学表現に人生をかけ、いまお釈迦さまを恋人にする寂聴菩薩。菩薩とは「人助けの人生」を言います。法句経は初期仏教の経典です。[ カオル ] |
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妙好人を語る | 妙好人(みょうこうにん)とは在家の優れた念仏信者です。普通の教育を受ける機会は得られなかったのですが、実に豊かな宗教的才能、宗教的感受性に恵まれ、それを開花させました。人界の常識や生活には一文不知であっても、人界(迷いと悩みの世界)を超えた法界(真理の世界)や仏界(悟った人たちの世界)の消息に深く接して、浄土往生や悟りの信心を獲得した真実例を示したのです。この世界に浄土を見つけ、あるいはこの世界が浄土であることが分かった人たちです。[ 本文 ] 仏教を学ぶには、お寺のお坊さんのお説教や大学の先生の講議を聞くだけでなく、深い信心に達した人たちの信仰告白に触れる方法があります。とりわけ優れた詩や言行録には感動します。浅原才市、讃岐の庄松、因幡の源左、榎本栄一など。どんな悩みのなかから宗教心に目覚めていったのか、その後の気持ちや生活はどう変わったのか。妙好人研究の第一人者である故楠恭さんの分かりやすい仏教論でもあります。[ カオル ] |
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妙好人 | 浄土教信者の中に「妙好人(みょうこうにん)」の名で知られる一類の人達がある。ことに浄土真宗信者の中にそれがある。妙好というのは、もと蓮華の麗しさを歎称しての言葉であるが、それを人間に移して、その信仰の麗しさに喩えたのである。 学問とか知恵才覚などというがらくたがあると、それは信仰に進むものの障害となる。 キリスト教の父は同時に主である。他力教には主の観念がない。 弥陀は絶対愛である。弥陀と衆生とは親と子である。子の親はいかなることがあっても子を罰することはない。[ 本文 ] 信仰を説く側ではなく、信者の立場から宗教をみる、それが妙好人のいいところです。詩人も多いので、素直に共感します。[ カオル ] |
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ブッダの世界 | ブッダが煩悩から解脱し、究極の心理に目覚めてから二千五百年。仏教はその後の長い歴史と広くアジア一帯への展開の中で大きな変容を示してきた。しかし、現在仏教は多くの苦悩を抱え、精神的にも不安定な人々の心の拠りどころとして大いに期待されている。これからの仏教に必要なことは、ブッダの目覚めが持つ真の意味を深く味わい、仏教思想の本質に迫ることである。 一 知恵海のごとく,二 苦しみを超えて,三 信は功徳の母たり,四 深き恵みの露,五 無量のたから,六 我を照らすもの,七 智慧の完成,八 限り無き因縁,九 菩薩の道,十 永遠の命,十一 黄金の釘 [ 本文 ] |
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ジャータカ物語―釈尊の前世物語 (上) | 「ジャータカ」というのはお釈迦さまの”前の世”の物語です。インドには古くから「すべて生のあるものは、その行いの善悪によって、それ相応のところへ生まれかわり死にかわりして、止むことがない」という、仏教にも取り入れられた「輪廻転生」と「業報」の思想がありました…仏法をわかりやすく説くために、人々の間で親しまれ語り継がれていた民話や説話などを取り上げて、それを仏教的なものとして作り上げられたものが「ジャータカ」です。「アラビアンナイト」や「イソップ」にも多くの類話があり、インドと西方地域との交流がうかがわれます。[ 本文 ] 下巻 |
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釈尊の譬喩と説話 | 仏教の原始仏典を読んでみると、釈尊の説法された内容がいかに種々の譬喩で満ちあふれているかに、まず驚く。これは釈尊の説法の一つの特色と考えてよい。使用された譬喩がまた適切で、身近なものを選んであることにも驚く…仏教の教理は大層むずかしいという声を聞くが…原始仏典に説かれている教理は、決して歯がたたないほどむずかしいものではない…読めば大体理解できる…本書ではやさしく、親しみやすい譬喩でもって説明されているいくつかの例を取り上げて、釈尊の説法を紹介しよう…気楽な気持ちで読める譬喩の説法例を紹介。[ 本文 ] |
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西村公朝が語る 般若心経のこころ |
苦しみは喜びに変わっていくのです。この世のすべては無常です。すなわち常でないのです。だから苦しみは何時までも続かないのです。そういう心の切り替えができたとき、「生まれてよかった」と心の底から実感できるのだと思います。 自分は生まれない方がよかったと悩んだ人達もいるでしょう。しかし、苦労して努力して一歩一歩進めるようになったとき、その喜びは、生まれたからこそ、感じられるのです。そう思うことによって心が救われるのです。苦しみが喜びに変わるのだと、心が切り替えられた一つの小さな喜びは...[ 本文 ] 公朝さんの本職はやはり彫刻、お寺の和尚さんは「副」だと思います。だから難しい般若心経を分かるように説けるのです。[ カオル ] |
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