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大徳寺塔頭寺院

(2003年01月13日最終更新)

概要

なんだかよくわからないですが、実体としては大徳寺というお寺は存在しておらず、21の塔頭寺院から、「大徳寺」というものが構成されているようです。
とにかく混雑するので、観光シーズンの土日等は避けた方がいいですね。私が訪れた時は平日の夕方だったので、観光客はほとんどいませんでした。21の塔頭寺院が連合して大徳寺というエリアを守っているのを感じます。


歴史

臨済宗。1319年、のちの大燈国師となる宗峰妙超が建てた寺が大徳寺の始まり。当初は小規模だったが、1333年に後醍醐天皇から勅旨を賜り、五山第一位となった。その後、足利義満に不遇の扱いをされたが、応仁の乱の後に一休宗純が再興した。豊臣秀吉が織田信長の葬儀をここで執行した。

URL

なし

アクセス


地下鉄烏丸線京都駅→(13分)→北大路駅→(徒歩すぐ)→北大路バスターミナル
→(市バス204・205・206系統で10分)→バス停:大徳寺前


連絡先

TEL: 075-491-0019,京都府京都市北区紫野大徳寺町

写真


クリックすると大きな画像が出てきます。バス停:大徳寺前のパン屋さん、PETIT FRANCEのたい焼きパン。
(2002年08月)

クリックすると大きな画像が出てきます。黄梅院の門。
(2002年08月)

クリックすると大きな画像が出てきます。龍源院で強烈な存在感を放っていました。
(2002年08月)

クリックすると大きな画像が出てきます。龍源院の開祖堂。
(2002年08月)

クリックすると大きな画像が出てきます。開祖堂の鬼瓦。
(2002年08月)

クリックすると大きな画像が出てきます。龍源院の東滴壷という名前の壷庭。こういう小さい庭を壷庭と言います。龍源院のパンフレットでは、「底知れぬ深渕に吸い込まれそうな感じのする、格調高い石庭である」とありますが、その通りですね。
(2002年08月)

クリックすると大きな画像が出てきます。高桐院の前の路。観光客の多くはここまでは来ないので、ひっそりと静かな空間です。
(2002年08月)

クリックすると大きな画像が出てきます。高桐院の参道。
高桐院は、千利休七哲の一人、細川忠興が父・幽斎の菩提を弔うために建立した。正室細川ガラシャ夫人の墓もある。

(2002年08月)

クリックすると大きな画像が出てきます。高桐院にはなんだかモダンな模様が多いです。
(2002年08月)

クリックすると大きな画像が出てきます。これは灯かり。
(2002年08月)

クリックすると大きな画像が出てきます。大仙院は、こういう観光地の寺院にしては珍しく、世の中を何とかしよう、という気概が感じられるお寺です。

1509年に開かれる。三代目住職の古渓和尚は千利休の首を加茂の河原から持ちかえったといわれる。七代目住職の沢庵和尚が、書院拾雲軒にて宮本武蔵に剣道の極意を授けたとされる。

(2002年08月)

クリックすると大きな画像が出てきます。交通安全。
(2002年08月)

クリックすると大きな画像が出てきます。うーん、亀には見えません。
(2002年08月)

クリックすると大きな画像が出てきます。門を出たところ。
(2002年08月)




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