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戸隠神社

(2009年12月29日最終更新)

概要

戸隠神社といっても、奥社、九頭龍社、中社、火之御子社、宝光社、の五社あります。すべて歩くと丸一日はかかります。

山岳信仰が強かった山には、「古道」と呼ばれる、歴史と文化を感じさせる道が残っていることが多く、ここ戸隠にも、戸隠古道という素晴らしい道があります。ポイントとポイントをこまめにつないでいるので、1時間ぐらいの散歩コースにもなります。一応地図には載ってるけど、多分歩く人は殆どいない。これこそが観光資源なのに。11月だったこともあって、1日歩きましたが、誰とも会いませんでした。でも、道は杉の落ち葉でフカフカで、すごく気持ちよかった。
アマテラスオオミカミが隠れてしまった天岩戸が、ここに投げられたから、「戸隠」という名前になった、ということになっていて、地元の人に聞くと、古事記にそう書いてある、と言うんですが、古事記にも日本書紀にも、書いてあるのは「戸隠れ」したことだけで、信州のこの地に岩戸を投げた、なんていう記述はありません。調べたのですが、誰が、なぜ、この地にしたのかは謎。信州が交通の要衝だったので、重要な神様をあえて指定したのかもしれません。

戸隠神社の中社付近に行くと、参道にたくさんの宿坊があることに驚きました。宿坊は御師とセットで、中世の神社の隆盛を支えたシステムです。
御師(オシ)、というのは、下級の神職、ということになっているのですが、今でいうところの、観光代理店、バスガイド、グッズ出張販売、宣教師、を兼ねたようなイメージでしょうか。日本各地をまわって、講(共同購入グループみたいなもの)を作り、その神社へ団体旅行をするアレンジをする仕事です。当時は旅行は人生の一大イベントなので、講でお金を積み立てて、交替でみんなで旅行したわけです。田舎に行くと、何々山に行ったきたぞ!という石碑をちょくちょく見かけますが、講の名残りです。
神社側からしても、地元の支援者(檀家/氏子)は物理的な限界があるし、組織を拡大しようとしても役職がない、そういった成長限界を超える仕組みが御師制度だったと言えます。ホテル業に事業を多角化し、かつ役職を確保できる事業が、神社の参道に盛んに作られた宿坊という宿泊設備なわけですが、その宿泊設備にお客を連れてくる仕事が御師だったわけです。戸隠神社にはいまでも20以上の宿坊(今は旅館)があります。ガイドブックの宿泊施設リストに掲載されてないということは、いまでもこの御師-宿坊システムは残存しているはず。

このエリアには、「鬼女紅葉」の話がちらちら出てきます。「鬼女紅葉」というのは能や歌舞伎の題材になる話で、ごく簡単に言うと、900年頃、紅葉という名前の美女が、源経基の侍女となり、子供を産むが、正妻に呪いをかけた疑いで、戸隠に追放される。戸隠神社の里の辺りの水無瀬(今の鬼無里)にたどりつくが、京に戻りたくて、一族を率いて戸隠山に籠り、付近の村を「戸隠の鬼女」として荒らしまわるようになるが、討伐を命じられた平維茂に滅ぼされる、という話。
戸隠神社の辺りから歩いていくと山越えして1日かかると言われて行かなかったんですが、鬼無里(元は木那佐)村、行けばよかった。紅葉が立てこもった岩屋というのもあって、きっと何かあると思うんです。最近、「邪魔になったので中央から滅ぼされて歴史上「鬼」にされたけど、実は地元で愛されていたリーダー」という分野がある、という事に気付きました。キリスト教が拡がるときに、土着の神様とか王族が悪魔にされたのと同じですね。




アクセス


長野駅からバスで1時間ぐらい。

写真


宝光社の狛犬。
( 2009年11月 )

火之御子社。焼けたみたいで新しい。日本の神話上もっともエロティックダンサーな神様、アメノウズメの命が祀ってあります。いまでも芸能関係の方が参拝にくるそうです。
( 2009年11月 )

戸隠古道で。小鳥ヶ池。
( 2009年11月 )

戸隠古道で。硯石。ところどころ、こういうエンブレムのような案内マークがあります。古道の雰囲気にすごくフィットしてる。(多分)思い切ってお金を使ってクオリティを上げて正解。
( 2009年11月 )

硯石から見た、戸隠の山々。「硯石」にはこんなエピソードが。
「荒倉山の合戦で鬼女紅葉と共に戦い、ついに敗れた紅葉第一の家来「おまん」は、敗走してこの地を通り、石に溜まった水に自分の姿を映してみると、あまりの形相の恐ろしさに罪を深く恥じて改心し、中社本坊に出家し、琴や習字の習い事に励み、時にはこの場所にきて荒倉山を見て、石に溜まった水を持ち帰り習い事につかいました。」

なんて素敵なエピソード!その情景が自分の瞼の裏にありありと浮かぶ。本物の観光資源はこれだ!と確信した瞬間でした。
( 2009年11月 )


( 2009年11月 )

( 2009年11月 )

鏡池の奥の「不動尊磨崖仏」。中央の左下あたり。ここに行くのはすごい大変で、滑りそうになるので、這っていきました。
( 2009年11月 )

くそー、苦労してこれか!と悪態をつく。
( 2009年11月 )

不動尊磨崖仏の近く。
( 2009年11月 )

奥社の随神門の参道。
( 2009年11月 )

奥社の隣にある九頭龍社。「地主の神でアメノタジカラオの命を当山にお迎えした水神」。ということは、土着の神様であって、中央からの派遣勢力との交渉や衝突の跡がどこかにないか探しましたが見つからず。天岩戸をここにした理由とも関係あるかも。
( 2009年11月 )

九頭龍山。確かに頭がたくさんある龍に見える。
( 2009年11月 )

戸隠古道の「比丘尼石」。明治までは戸隠山は女人禁制で、この禁を犯して入山しようとした尼僧が石になった。
( 2009年11月 )

中社の御神木。
( 2009年11月 )

中社近くの「足神さん」。鬼女紅葉の家来「おまん」を祀った神社。今でも地元の人に慕われているのがわかります。怪力俊足だから「足神さん」。
( 2009年11月 )




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