とうや湖ぐるっと彫刻公園 |
| 概要 |
名前も、作品の設置の仕方も、あまりいけてない野外彫刻ですが、素晴らしい自然の中で、これだけ広いエリアに設置してあると、そういうところも隠れてしまいます。私が訪れた時は、公園の名前の通り、洞爺湖を自転車でぐるっと一周して作品を見てまわりました。1日かかります。 |
アクセス |
札幌駅→洞爺駅→(バス15分)→洞爺湖温泉 |
写真 |
![]() | 洞爺湖の観光施設は全般的にうらぶれていました。 ここは洞爺湖の中心にある中島の森林博物館。
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![]() | そんな素晴らしい自然の中に、58の彫刻がならんでいます。 安田侃 「回生」,1984,No2
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![]() | 安田侃 「意心帰」,1988,No1
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![]() | 速水史郎 「Sun-TOYA 讃洞爺」,1993,No5
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![]() | 常松大純 「SKY−交差する気」,1995,No8
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![]() | 瀧川嘉子 「虹幻想」,1994,No10
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![]() | 松隅康夫 「環-SORA」,1992,No21
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![]() | 伊藤隆道 「風の水面」,1990,No24
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全く目立たないですが、洞爺湖の湖畔には「洞爺湖畔三十三観音」というのがあります。案内板に熱い思いが。 「洞爺湖畔三十三観音は、明治以降ここ洞爺湖畔に入植してきた我々の先人達が、望郷の念にかられつつも幾多の苦難と闘うなかで、通行の安全、拓殖の発展、更には先人達の誇りであり、心の支えでもあった風光明媚なこの洞爺湖を全国に広く知らしめたいという熱い願いをこめて、明治三十九年に建立された。以来、西国三十三ヶ所の霊場にちなんで建てられたこの洞爺湖三十三観音像は、開拓者の刻苦の歴史そのものとして、七十有余年の風雪に耐え、特定の寺院の管理によることなく、先人の意を受継ぐ近隣の住民達の手によって守られ、今日に至っている。」
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![]() | 湖畔の道には車はほとんど走っておらず、サイクリングに最高。 山田洋次監督の描く北海道開拓史の雰囲気を、かいま感じることができます。
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![]() ![]() | 珍しい植物だったので。手で触れると、すごい勢いではじけとびます。
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![]() | ここ洞爺湖にも義経伝説があります。頼朝の追っ手を逃れ、ここ洞爺湖まで来た義経は、満州に渡るために、アイヌの酋長「キムンド」に面会を求め、1週間、洞穴で待ち続けますが、遂に面会を謝絶され、日高の酋長「オキクルミカムイ」に会ってから、満州に渡ったとされます。そのときから、ここの滝が「キムンドの滝」と呼ばれるようになりました。 私が訪れたときは、サクラマスがキムンドの滝目指して遡上していました。
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![]() | 今度は「義経岩」。 土人が毒矢をもって、ここの洞窟に逃れた義経を取り囲んだ際に、「洞窟より五色の後光とともに観世音菩薩の御影を拝し、眼眩み、降伏せしと言う」だそうです。 ここまでくるとSFですね。
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![]() | 加治晋 「春遊台」,1996,No33
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![]() | 折原久左ェ門 「波遊」,1993,No39
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![]() | 山本正道 「風の音'92」,1991,No41
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![]() | 國松明日香 「輪舞」,1989,No44
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![]() | 作品はキャンプ場の中にもあって、というか、作品のまわりに多分後からキャンプ場を作ったのだと思いますが、こんなかわいそうなことに。洗濯物が干されている作品もありました。
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![]() | 二部黎 「復活」,1991,No52
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![]() | イゴール・ミトライ 「月の光」,1991,No54 こんなところで、オランダHaagで見た作家に出会うとは。
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![]() | 岡本敦生 「地殻・原始の海」,1995,No56
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![]() | 早朝の洞爺湖。
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![]() | 奥山喜生 「回峰」,1996,No15
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![]() | 黒川晃彦 「湖畔にて」,1992,No14
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