TOP
トップブログ遍路美術館

善光寺


(2009年12月31日最終更新)

概要

日本最古の歴史を持つ長野県善光寺。長野駅そのものが善光寺の門前町で、すさまじい集客力です。いまだに宿坊がたくさんあります。
歴史上の有名人が多く関わる1400年の歴史と、独自性の高い出自と信仰システムが善光寺の隆盛を支えています。善光寺がここまで信者を集めたのは以下の理由からでしょうか。

・ 信者のプロファイルを限定しない。無宗派。女性OK。古い時代に女人禁制でなかったのは珍しく、女人救済の寺として有名になったので、江戸時代には参詣者の半数が女性だったそうです。

・ 一般人が建設したというユニークな由来と古代ロマン。仏教派の蘇我稲目と対立していた廃仏派の物部尾輿は、蘇我稲目の向原寺を焼き払い、祀られていた大陸伝来の阿弥陀三尊仏を、難波の堀江に捨ててしまいます。これを拾ったのが、難波に来ていた信濃の本田善光という一般人。本田善光は、拾った仏を自宅に祀ります。つまり、善光寺とは、よしみつさんのお寺なのです。だから無宗派なんですね。よしみつさんは、奥さんと息子さんとともに本堂に祀られています。

・ 全国に拡がった善光寺。霊験あらたかな御本尊は、戦国時代、戦国武将に奪われて自分の領土に持って行かれます。長野→甲府(武田信玄)→岐阜(織田信忠(信長の長男))→尾張清州(織田信雄(信忠の弟))→浜松鴨江(徳川家康)→甲府(徳川家康)→京都(豊臣秀吉)→長野に戻る。各武将が自分の領土に「善光寺」を立てたので、かえって、全国に名前が拡がる結果となりました。全国に、「善光寺」を正式名称とするお寺は119ヶ所、「善光寺仏」は443体あるそうです。

・ 内陣の地蔵菩薩像と弥勒菩薩をはじめ、芸術作品として一級品の数々。中でも「びんずる尊者」は素晴らしい。来訪者が参加してできあがる現在進行形の仏像は、観客参加型の現代アート作品を連想させます。

・ 期待と想像を刺激する「秘仏」システム。ちなみに、7年に一度の御開帳は、秘仏と同じ姿の前立本尊で、秘仏はあくまで絶対秘仏です。

・ 暗闇を歩いて秘仏の本尊と結縁する「お戒壇めぐり」システム。

・ 天皇に庇護されたお寺。皇極天皇が、本田善光に高い地位を与え、伽藍造営を命じます。だから、明治の廃仏毀釈も乗り切ったのではないでしょうか。

私が疑問なのは、これだけの経済力をもった寺が、なぜ特定宗派にとりこまれなかったか、ということ。今は、天台宗と浄土宗が共同管理、ということになっていますが、実態はどうなっているのでしょう?
また、なぜ秘仏になったのか。654年頃に仏の宣託によって秘仏になったと伝えられていますが、詳しいことは不明です。




アクセス


長野駅から徒歩20分ぐらい。

写真


善光寺山門の仁王像の足。
( 2009年11月 )

善光寺山門近くの「濡れ仏」。
( 2009年11月 )

本堂。
( 2009年11月 )

自分の体の悪い箇所を撫でると良くなると言われ、みんなで撫でるから、顔は平らになってしまった「びんずる尊者」。
この像は素晴らしい。興福寺の阿修羅像以来の衝撃。何百年もの間、たくさんの人の思いを、吸い込んできたんだなーと思う。
( 2009年11月 )

経蔵。
( 2009年11月 )




トップブログ遍路美術館


COPYRIGHT (C) 2001 fromkiyama.com ALL RIGHTS RESERVED